やりがいを見出す

合掌

やりがいを見出す

24時間、休み無し

遺体、明日への十日間を見てもらえれば分かると思うが、葬儀屋としての経験が生かされた死体安置所で、西田敏行さん演じる主人公に感化され、それまでどうしたらいいのか分からなかった市職員なども死体を『遺体』としてみることが出来るようになり、また多くの人が遺体に対して親身になって、人間としての尊厳をキチンと重視した扱われ方が為されるようになって行く。

葬儀屋という1つの職業からすればそうなった瞬間こそ、本当の始まりとなる。しかし遺体の扱いに慣れてくるだけでは勿論足りず、遺族となった人々へのメンタルケアについても葬儀屋に課せられた大事な仕事だ。

24時間フル稼働で仕事をしなければならない、遺体については勿論、遺族への亡くなった人に対する思いを汲み取った言葉を述べられるようにならなければいけない。ただ遺族の悲しみに同調するだけでは職務を全うすることは出来ない、遺族に対して配慮する一方で、葬儀を執り行うための作業もしなければならない。葬儀が入れば基本朝から晩まで働きづめとなり、働いている本人としても限界が来ることになるが、そうした職務の中で一瞬理不尽な怒りを遺族からぶつけられることも少なくない。それに怒りを見せることは勿論ご法度だが、精一杯懸命な仕事をすることで見出すことが出来るやりがいというものもある。

仕事をする上ではそんな働くために必要な『やりがい』を見出すことも、継続して職務全うへの励みとなる。葬儀屋としてのやりがい、この仕事をやっておいて本当に良かったと思える瞬間とはどんなときか、そこにあるのはやはりご遺体を中心とした葬儀屋と遺族の関係に見出すこととなる。


感謝の言葉を受け取る

一番大きい働く原動力となるのが、遺族からの感謝の言葉だという。これはサービス業を経験したことがある人なら分かっているが、一言ありがとうと言われるだけで自然と元気になってしまう。特に自分が本当に頑張ったんだという時にそうしたさりげない一言を告げられるだけで、不思議と疲れなど吹き飛んでしまうものだ。

特に遺体を扱うともなれば、まずは生前と変わりない人間らしい姿にすることから始まる。映画の中では震災直後、ライフラインのほとんどが止まっている中でも、遺体を綺麗にしてあげたいという思いを言葉にして依頼する姿も映し出されている。筆者も、自分の身内がそのような悲劇に巻き込まれたら、汚れたままでいるよりもキチンと清潔にして、そのまま火葬場まで送り出したいと思う。そうしたとき行われるのが『死化粧』だ、遺体を生前と変わりなくメイクすることで、何処か遺体が安らかな顔つきになるという言葉は聞いたことがある。

例え遺体となっても綺麗で遺体と願うのは人間として当たり前の願いだと言える。

故人を無事見送ることが出来たとき

葬儀屋にとっての本懐とは、ご遺体が家族の元にキチンと帰る事ができて、そしてその家族に見送られながら納骨されるまで順当にいくことだという。ただそれも通常の日常生活だからこそ出来る光景だ、東日本大震災のような未曾有の事態では家族全員が死亡している可能性もあり、また遺体の中には親族と縁が切れてしまっている人もいるかもしれない。そうなると誰にも看取られることもなく、誰にも遺体を見てもらえないまま骨となるのだけは、葬儀屋として辛い瞬間だと表現されていた。

劇中にて語られる遺体のほとんどは水死体、津波による溺死でその命を落とした人がほとんどだ。ただその身体には泥とガソリン、そして下水などの臭いが立ち込めた中で人かどうかも分からない状態で遺体があるという。遺体の身元が特定できない場合もあり、そういう時は葬儀屋が遺族の代わりとなって見送ると言われているが、本来なら送り出すべき人間では無い者からすれば、一人悲しく旅立たなければならないのも辛いことだろう。そういう意味でも、葬儀屋が震災時において亡くなった人々にとっては必要な存在といえる。


仲間との連携

やりがいを見出すのは仕事をキチンと完遂することでも生まれるが、その仕事を為すためには同僚と連携して行わなければならない。特に葬儀屋の場合、遺体を運ぶ際にはどうしても人手が必要となる。死後硬直によって固まった遺体は驚くほど重く、納棺されたものともなればその重量はとても大人一人で持てるモノではないからだ。そうしたとき、仲間と上手く協力して、慎重に作業を進めなければならない。

葬儀にしても迅速且つ丁寧に勧めなければならず、悲しみに暮れる遺族に配慮しながらも遺体をキチンと送り出せるように仲間内で、サポートできるところはしあうことで、より高い結束間を生み出すことが出来る。雑務なども大量にある中で葬儀屋としてしなければならない仕事は山ほど生まれてくる。激務に追われる中で同僚と共に一つ一つの葬儀をこなして行く事によって、よりよく遺族のために必要な業務をすることで、やりがいを見出すことが出来ると言われている。